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時は金なり

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時間をムダにしてしまった経験は誰にでもある。
それはお金も一緒のこと。

時間もお金も似たような性質を持っていると考えている。
異なる点は、お金は「取り戻せるもの」であるのに対し、時間はどう転んでも「取り戻せないもの」ということ。

いかに効率よく使うか。
ここは本当に悩ましい問題だ。

私は普段から3つの軸で判断するようにしている。

お金にしろ時間にしろ、それらが「投資」、「消費」または「浪費」のいずれなのか。

僅かな金額ならば、「浪費」を楽しむというのも時としてはありだとは思う。
効用として、気分的にもスカッとするというもの。
その後で「使いすぎたな・・・」という反省が翌日からの仕事に対する取り組み方に勢いを増したりもするもの。

ただし、これらの「投資」「消費」「浪費」というものは、ひとつの概念にしかすぎない。
悲しいかな、概念はどこまで行っても概念。
投資としての使い方になるかどうかは、その後にリターンとなるように動いてこそのもの。
意図した方向、成果に結びつくのかどうかは、その後の実際の取組み、動きにかかっている。

 

例えば30万円を出費して、何かのセミナーに行ったとしよう。
高額ということもあり、参加することに躊躇、迷ったりすると思う。
数日悩んだ結果、覚悟を決めて申し込み、満を持して参加という場面。
セミナーの最中は、対費用効果を高めようと、一言一句聞き逃さまいと、必死になることは容易に想像がつく。

さて、勘の良い人ならば既に気付いていることかと思う。
本当に大事なのはその「後」だ。
少し考えればわかることなのだろうが、これがなかなかそうはいかない。

ある人は、その後に実践と称して、学んだことを現場でまずは小さく試して改善を繰り返していく。
壁にあたった時は、セミナーの内容を復習したり、別角度からの資料を求めて次の展開への糧としたりと自分のサイズ感に落とし込み、練り上げていく。
成果と呼べるものを手に入れるまでには相当の時間が必要なのは間違いない。
励む者は、実践と改善、そして振り返りをただただ繰り返すことこそが成果に結びつく唯一の方法だと知っている。
またある人は、「実践しなければ・・・」と頭では理解してるものの、はじめの第一歩を、「大きく効果的に踏み出さなければ」という勘違いから入る。
「まだ自分には早いな・・・」、「あともう少し別のことも学んでから・・・」と、とにかく今ここから動くことを否定できる理由を作ります。
もはや、実践しないことが目的で、その目的を果たすためにあらゆる理由を作り出す。
これも才能だろうか。
更には、「失敗」の定義が悲観的であるということ。
そもそも、失敗などというものは、改善に活かすための材料にしか過ぎない。
最初は小さく失敗しなければならない、するものとは思えないのだろう。

ここまで読んでいただいた方は、もうおわかりだと思う。

両者とも最初の費やしたお金は「投資」だったはず。
それが、その後の動き方で前者はそのまま「投資」としての落とし込みに繋がった。いや、繋げた。自らの力、執念で。

そして後者は、「消費」または極端になるが、「浪費」と捉えられても仕方のない結果にたどり着いた。
正確には、手繰り寄せた。自らの意思決定で。

「次の行動次第で結果が変わる」ということ。
多くの人が見落としがちな、ある人にとっては見落としてしまいたい落とし穴。

落とし穴にハマっている人はとにかく具体的に小さく始めてみる。
遅いということはない。
「あの時の学び、ちょっと寝かせすぎたけど、活かすために今から動くぞ!」と決めたら良いだけの話し。

「始めれば、始まる」
私が大切にしているコトバのひとつ。

 

伴走が必要ならば、いつでも気軽に問い合わせを。

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